
大ヒットホラー小説の舞台裏。『近畿地方のある場所について』装丁ができるまで
- Client株式会社KADOKAWA
- Project『近畿地方のある場所について』装丁/販促宣伝物デザイン一式
株式会社KADOKAWA
ファミ通文庫編集部 編集長和田 様
『近畿地方のある場所について』
著者背筋 様
ビーワークス
デザイナー横山
ビーワークス
営業小松
概要
株式会社KADOKAWAから出版された背筋著『近畿地方のある場所について』は、令和のホラーブームの火付け役とも言える大ヒットとなった。ビーワークスはその装丁と、宣伝物一式を担当。話題のヒット作はどのように生まれたのか、KADOKAWAファミ通文庫編集部 編集長の和田様、『近畿地方のある場所について』著者の背筋様と、ビーワークスのデザイナー横山、営業の小松とで座談会を実施した。
期待を超えるデザインを──
10年来の信頼が依頼の決め手
『近畿地方のある場所について』(以下、『近畿地方』)はもともと小説投稿サイト「カクヨム」で掲載されていた小説でしたが、書籍化のきっかけは何だったのでしょうか?
和田和田『近畿地方のある場所について』を見つけたのは、まだ3話しか更新されていなかった頃です。面白いと感じ、この作品はぜひ書籍化したいと社内でも共有していたのですが、声をかけるタイミングを計っていました。そうしているうちに作品がSNSでバズってしまって。「様子見している場合じゃない」と、すぐに書籍化を打診しました。
背筋背筋別の出版社様からもお声掛けはいただきましたが、KADOKAWAさんのホラー作品が好きだったので嬉しかったですね。どう決めたらいいか迷って、和田さんに「過去に担当された作品はどのくらい売れたんですか?」と聞いたところ、「300万部以上」と。あまりに桁違いで、最初は冗談かと思いました。でもこの方にお願いすれば間違いないな、と。

ビーワークスの横山に装丁を依頼された決め手は何だったのですか?
和田和田リクエストに応えながらも、期待を超えるデザインを提案してくれる。かれこれ10年以上、装丁に関しては横山さんとしか仕事をしていません。
横山横山僕がデザイナーになりたての頃から、これまでに何十冊もご一緒させていただきました。面白いと思ってもらえるものを提案できるよう必死でしたね。和田さんは、「違うものは違う」とハッキリ言ってくださる。言われた通りのデザインをするのではなく、「横山に頼む意味がある」と思ってもらえるよう意識していました。

「暗いホラー棚で目立たせたい」
ビビッドな表紙が生まれた背景
「どんな方向性のデザインにしたい」というイメージは、もともとあったのでしょうか?
和田和田背筋さんと相談して、ビビッドな特色を使いたいというリクエストは出していました。当時、書店のホラー売り場は黒を基調とした装丁ばかりで、棚全体が沈んで見えたんです。だからこそ、明るい色を取り入れたほうが、店頭で目立つのではないかと考えました。
背筋背筋色の提案は私からで、「写真を使うのがいいよね」というのは和田さんからでしたね。お互いの意見が一致していたので、特に反対することもなく、スムーズに方向性が決まりました。
横山横山最初のラフでは、4つの方向性を提案しました。その中から「鳥居」と「ダム」をモチーフにした写真の案が採用され、次の段階でダム周辺の写真を使った5パターンを追加で出しました。


和田和田最終的に残ったのは、現在のカバーにもなっているダムの写真を使った案と、文字ベースのデザイン案のふたつでした。文字案の方は「怖すぎる」という意見もあったため、最終的にはダムの写真の案を採用しました。「自分の本棚に並べたいか」という観点も大切にしていて、怖くて目を背けたくなるようなデザインではなく、スタイリッシュでインテリアとしても映えるデザインにしたいと考えていました。文字案はカバー表紙に使われていますし、採用されなかった他の案も販促物やポスターなどに採用しています。
背筋背筋私は文字ベースの案がすごく好きでした。ウイルスのようなビジュアルが印象的で、帯を巻かなくても帯の役割を果たしていたのが特に良かったです。最初に想定していた方向性とは違いましたが、どの提案も魅力的で、「そっちの方がいいかも」と言って和田さんを少し困らせてしまいました(笑)。最終的には、和田さんや営業部の皆さんの知見を信頼して、安心してお任せしました。
細部の美意識が「異質な存在感」を生んだ
どんなことにこだわりながらデザインを進めましたか?
横山横山作品を読み込みながら、内容と離れた表現になっていないか、全体のバランスが破綻していないかを常に意識してデザインしていました。使用するモチーフも、できるだけ本編からイメージできるものであったほうがいいと考えています。ダムの写真案では、撮り下ろした写真をベースに周囲の風景をコラージュして、架空の場所を構築しました。文字案は、最終的にぱっと見は普通に見えるが、よくよく見ると不穏感が漂うものが選ばれました。
和田和田紙の提案もさまざまにいただきましたが、インキを吸いすぎてしまったり、毛羽立ってしまったり、ニスがうまくのらなかったりと、最初はなかなか思うようにいきませんでした。
横山横山データ上でイメージした色を実際の印刷で再現するのは、非常に難しかったです。それぞれ4種類の紙で色校を2回出した上で、最終的には、TOKAのFLASH VIVAの蛍光インキを使用した混色という高価な印刷方法を採用いただきました。かなりコストがかかる上、実験的な提案ができたのは、貴重でやりがいのある経験でした。
和田和田おかげでほかにはない独特の色味に仕上がったと思います。この作品だけ、店頭で異質な存在感を放っていたのではないでしょうか。紙自体はよく使われるものですが、斤量を厚くしてリッチな印象を出し、カバーと帯ではニスの種類を変えて質感に差をつけています。

背筋背筋文芸の装丁って、かけたコストと読者の体験が必ずしも比例しないと思うんです。ニスが入っているからといって作品の魅力が100倍になるわけではない。でも、ひとつひとつ要素を削ぎ落としていくと、気づけばすごくチープな印象になってしまうこともある。そのあたりの取捨選択は、どう判断されているのでしょうか?
和田和田単純に「そっちの方がかっこいい」と思ったからです。自己満足ですね(笑)。帯の高さも、ずれにくくするために指がかかりやすい位置に調整しています。誰も気づかないような細部ですが、無意識のストレスを減らすことを意識しています。
横山横山この帯の要素の少なさも、かなり思い切った決断でしたよね。
和田和田モキュメンタリーというジャンルでは、ロゴひとつでも世界観が崩れることがあります。だからこそ、不要な要素を極力排除したい。それも自分の美意識のひとつです。
横山横山このデザインは、和田さんと背筋さんとご一緒だったからこそ実現できたと思います。通常なら帯にも「カクヨム○○PV突破」といったキャッチコピーを入れたくなるところですが、今回はあえて入れませんでしたよね。
和田和田隙間や引き算が苦手な人は多いですよね。最初から作品が話題になり、知名度がある状態だったので、数字や実績を出さなくても十分に伝わる。その分、デザイン面での選択肢が広がりました。
背筋背筋私のほうが少し弱気になってしまって、「せめて帯の裏にはあらすじを入れましょう」と提案したくらいです(笑)。
仕事を進める上で感じたことはありますか?
背筋背筋作者である私以上に、作品へのこだわりを持つ方はなかなかいないと思うので、本当に心強かったです。お任せしていれば、おかしなものや意図に反するものにはならないという信頼感がありました。おふたりがつくるもの、発信するものには「自我」があるんですよね。こちらの意向を汲み取りつつも、「帯は一文にしたい」「特色を混ぜたい」など、クリエイティブに対する明確な意志を感じました。横山さんのデザインにも作家性があり、デザイナーとしての「色」が出ているなと思います。この表紙が映画のビジュアルにも使われているのは、装丁としての良さを超えて、「クリエイティブとしての完成度」が評価された結果だと感じています。おふたりのこだわりが強い分、私が「うるさい作者」だと思われていないか少し心配です(笑)。
横山横山原作そのものが面白かったからこそできたデザインです。面白い作品という大前提があって、そこに補助としてデザインが寄り添う。非常にパワーのある作品だったので、その力に乗せていただいた感覚があります。
細かいこだわりの積み重ねで今の表紙が完成しているのですね。ほかにもこだわった点はありますか?
横山横山扉の書体には、あえて崩れて滲んだように見える効果を入れています。
背筋背筋マージンを攻めているなとは感じました。
横山横山マージンはやや広めに取ったほうが、オシャレ感が出るのでやっていました。巻末の袋綴じ部分では、撮影した写真と複数の素材写真を組み合わせて工夫しました。雨で撮影が延期になったことがあったのですが、その次に撮影したときも雨で。そのおかげで水滴を利用した雰囲気の良いカットが撮れました。
小松小松今回はカバーに使う写真のビジュアル作りからご相談いただいたので、実際にカメラマンを近畿地方の某ダム周辺に派遣して、100点以上撮影をしてもらいました。結果的にカバー以外にも、折り返しや書店用拡材、広告宣伝物や文庫版など、多方面で素材を活用できてよかったです。
発売から広がる反響と、新たな挑戦へ
発売後の反響はいかがでしたか?
背筋背筋仕事はとても増えましたね。表紙に関してはオシャレという反響が多かったです。いろいろな編集者の方とお仕事をする中で、「あの表紙はどうやって生まれたのですか?」「デザイナーは誰ですか?」と、少なくとも10回以上は聞かれました。
和田和田目立つというのはよく言われます。最初からホラー棚に並ぶことを想定していたので、結果的に良い意味で異質な存在になったと思います。
販促についても一貫してお任せいただきましたが、反響などはいかがでしたか?
和田和田書籍とトーンを変えずに展開するため、弊部ではいつも販促用の拡材や宣伝物も装丁デザイナーにお願いしています。新宿駅の地下に掲出した交通広告は、特に反響が大きかったですね。ホラー作品なので審査が厳しく、「クレームが来たら即撤去」という条件でしたが、幸い問題もなく一週間掲出できました。話題になったことで、近隣の書店さんが平積みを増やしてくださり、相乗効果が生まれました。

背筋背筋仕事帰りに電車に乗っていたら見つけて感動しました。恥ずかしさもありましたが、嬉しかったです。
二作目の『穢れた聖地巡礼について』の装丁もお任せいただきました。
和田和田僕はもう、自分が担当する作品の装丁は横山さんにしかお願いしていません。迷いなく、二作目も依頼しました。
横山横山このタイミングでカメラを購入して、自ら素材集めの旅を始めました。撮影素材が欲しくても、特定の場所を指定できないとカメラマンを派遣できないんです。それなら自分で撮ろうと、普段から地下鉄や旅先で怖そうな場所を探して撮影しています。自分の顔を変形させて一部に使用したこともあります(笑)。
小松小松『近畿地方』の反響以降、ホラーやモキュメンタリー作品のご相談を多数いただくようになりました。このジャンルでの制作経験を積めたのは、会社としても大きな財産になっています。

和田和田同じジャンルの本が増えてくると、どうしても似通ってしまうので、次はまた違う形で差別化していきたいですね。
編集者、著者という立場からデザイナーに期待している点はありますか?
和田和田作家のイメージを壊さない範囲で、しっかりと個性を出し差別化をしてくれること。その「バランス感覚」が重要です。突飛なことをやるのは簡単ですが、作品の世界観から離れてしまうと本末転倒になります。横山さんは必ず作品を読み込んで、そこからモチーフを拾い上げてくれる。だからこそ作家さんにも喜ばれるし、「次もお願いしたい」と思うんです。
背筋背筋自分のイメージを超える提案をしてもらえるのが嬉しいです。「私が思っていたのと違うけど、こっちのほうがいい」と思えるデザインが出てくる。『近畿地方』の装丁も、最初は想定していなかった方向性でしたが、「これがいい」と素直に感じました。作者が想像できないビジュアルを見せてもらえるのは、すごくありがたいことです。
横山横山そんなふうに言っていただけて光栄です(笑)。こういう作品に関わらせていただけること自体が、本当に幸せです。
ホラーブームやモキュメンタリーブームの火付け役になったことに対してどう感じていますか?
和田和田結果的にそう言われていますが、「オリジナリティを出そう」「他にないものを作ろう」という思いで取り組んだ結果、それが世間に受け入れられた、というだけだと思います。
背筋背筋モキュメンタリーだから売れたというより、すべてが新しかったんだと思います。もし帯がこの一文でなかったら、表紙がこのデザインでなかったら、この結果にはならなかったかもしれません。多くの人の工夫と挑戦が重なった結果であり、「モキュメンタリー」という言葉は、それを象徴するラベルのひとつにすぎないと感じています。読者が本を手に取るとき、内容を知らない状態で選ぶからこそ、大事なのは「新しさ」と「手に取りたくなる強さ」。私の力だけではない部分で、売れるべくして売れたというのは確信を持っています。
小松小松背筋先生のおっしゃる通り、モキュメンタリーブームで語られて終わりではもったいない。このジャンルをさらに広げていけるよう挑戦を続けたいです。
和田和田『近畿地方』の劣化コピーしか出てこなくなったら、ブームは終わります。それを超えていこうという意識の編集者とデザイナーがいると、盛り上がっていくんじゃないかと思います。

今後の展望はありますか?
和田和田来年度中に背筋さんの長編の小説を一冊出します。そのときはまたよろしくお願いします。
背筋背筋次の作品は『近畿地方』や『穢れた聖地巡礼について』の続編ではなく、まったく新しいジャンルや表現に挑戦したいと考えています。
横山横山新しい引き出しを開けられるよう、ビーワークスとしても頑張っていきたいです。ありがとうございました!

